技術と経営について、実務に基づき考察しています。
鹿島槍ヶ岳

役員オファーを受けた友人に、私が助言したこと

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    Ryns Papa
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ある相談

旧知の友人から相談を受けた。技術系の中堅企業から、マーケ担当執行役員としてのオファーが来ているという。話を聞くと、彼は現職で大手上場メーカーの課長クラス、オファー元は従業員100人規模の非上場中小企業。年収は現職から3割以上下がる見込みだという。彼に先行して同じ会社に移籍していた共通の知人は、「半減した」とまで語っていたらしい。

彼は誠実な男で、数字にも強い。当然、雇用されるケースと、業務委託で受けるケースを比較試算していた。「どう考えても、雇用されるより個人で法人を立てて業務委託で受けたほうが手残りが多い」と、彼は自分で弾いた試算を見せてきた。

家族を役員にして役員報酬を払い、自宅の一部を事務所として按分する。業務用車両を法人所有にし、マイクロ法人と個人事業主を組み合わせて社会保険料を圧縮する。計算上、雇用されるケースより年間数十万円、長期では一千万円単位で手残りが増える構造になっていた。

設計は合法である。医師や弁護士など高所得の専門職が実際に使っている手法で、税理士のブログにも詳しい解説が出ている。彼の試算に計算上の誤りはなかった。

しかし私は、「その解は選ぶな」と助言した。

「綺麗じゃない」という彼自身の違和感

面白いことに、彼自身も試算を見せながら「でも、なんか綺麗じゃないんだよな」と漏らしていた。数字では勝っているのに消えない違和感を言語化することが、助言の出発点となった。

違和感は三つの要素に分解できた。

第一に、制度の歪みを利用している感覚。 マイクロ法人スキームは、社会保険制度が想定していない構造で社保を節約する手法である。合法ではあるが、制度設計の意図に反している。彼は中小企業診断士の資格取得を目指しており、将来は診断士としても活動していく方向にある。中小企業の経営支援を生業にする立場が制度の抜け穴を突くという矛盾は、いつか必ず彼自身の言葉の重さを奪う。

第二に、信頼関係に組み込みにくいこと。 役員として迎えてくれる相手との関係は、長期的信頼に基づく相互コミットとして成立させたい関係である。そこに最適化スキームを持ち込むと、「この人は計算が先に立つ人」という印象を与える。数百万円の節税のために、数千万円・数億円の関係価値を毀損するリスクがある。

第三に、説明可能性の低さ。 マイクロ法人は、配偶者にも、税務調査官にも、将来のクライアントにも、後輩診断士にも、「なぜこの構造なのか」を経済合理性以外の言葉で説明できない。

「説明可能性」こそ経営者の長期資産である

三つの違和感の底にあるのは、「自分の立ち位置を一貫して説明できるか」という一点だった。これは精神論ではなく、経営者としての実務能力に直結する話だと彼に説明した。

人間は、小さな後ろめたさを抱えた状態で長期的なパフォーマンスを維持できない。税務調査の通知が来るたびに胃が痛くなる生活、配偶者に構造を説明するときに言葉を選ばなければならない状態。それらの積み重ねが判断の質を確実に落とす。

逆に、取引先にも、家族にも、税務署にも、後輩にも、同じ言葉で自分の立ち位置を説明できる状態は、長期の資産となる。どのステージに移っても持ち運べるのは、スキルだけではなく説明可能性である

数字で勝つ解は、この資産を毀損する。年間数十万円の節税のために、十年単位の説明コストを抱え込む取引だ。「君が本当に積み上げたいのは、キャッシュなのか、信用なのか」と私は問うた。彼は迷わず「信用だ」と答えた。

私が彼に勧めた王道

雇用契約は雇用契約として結ぶ。執行役員として迎えられるなら、執行役員として入る。年収が下がる分は、個人事業主として並行で活動することで補填する。活動の核になるのは、これから取得する中小企業診断士としての活動である。

問題は、この形態を雇用主である相手企業にどう認めてもらうかである。ここで私は、交渉の場で提示すべき三つの理由を彼に示した。

理由①:国家資格としての責務。 中小企業診断士は、国が認定する経営コンサルタント唯一の国家資格であり、更新のためには理論政策研修と実務従事が必須となる。「資格維持のために一定の実務活動が必要」という制度的な強制力は、雇用側が制限をかけにくい論理を形成する。

理由②:キャリアの幅を広げたい。 現代の働き方として、個人のキャリア開発は雇用契約の範囲を超える正当な権利である。副業解禁が政府方針となっている現在、外部活動を全面禁止するのは時代に合わない。外部での知見は本業にフィードバックされ、外部登壇は所属先のブランディングにも寄与する。

理由③:給与水準の実質的な補填。 前職からの年収減を、副収入で埋める必要があるのは経済的な事実である。副収入を認めることは、雇用側にとっても人件費を増やさずに採用条件を改善する合理的な取引だ。

この三つは、異なる論理階層から相手を説得する構造になっている。①は公的・社会的な責務、②は個人のキャリア権、③は経済的な実態補填。①を否定すれば「国家資格の責務を否定する会社」、②を否定すれば「キャリア開発を制限する古い会社」、③を否定すれば「適切な報酬も払わず副業も禁じる会社」という印象を残す。どれを否定しても相手側に不利な印象が残る、構造化された三段構成である。

彼は三つの理由を聞き終えたあと、「これなら、誰に対しても臆することも言い訳することもない」と呟いた。その一言が、私の助言が届いた瞬間だった。

数字を知ることの価値

念のため彼に付け加えたのは、マイクロ法人スキームを検討したこと自体は無駄ではない、ということだった。

経営判断において、最適化された解を知ることは常に重要だ。知った上で、より長期的な価値判断で王道を選ぶ。この順序があるからこそ、王道の選択が強固になる。

助言を終えて

後日、彼から短いメッセージが届いた。「執行役員+個人事業で診断士、この線でいく。これなら、誰に対しても臆することがない」と。

キャリアの岐路で経済的な判断を迫られた時、最適化の誘惑は強く働く。しかし、最適化された解が常に正しい解ではない。

友人に伝えたこの結論は、私自身が経営者としてキャリアを積み上げる上で、常に立ち返る原則でもある。


本稿は、役員オファーを受けた友人との実際のやりとりをベースに再構成したものである。個別の税務・法務判断については、専門家に相談されたい。 所属組織の見解ではなく、個人の意見・考察です。