売れる商品の開発は、実は難しくない
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- Ryns Papa
ある誤解
新規事業や新商品開発の現場で「画期的なアイデアが欲しい」「他にない発明が必要だ」という声をよく聞く。経営層も事業部長も、ヒット商品の起点はアイデアにあると信じている。
しかし、売れる商品の開発は、実は難しくない。
正確に言えば、構造はシンプルである。適切な市場を選び、適切なプロセスを踏めば、高確率で売れる。それが、事業の軸となる。
売れる商品開発の二要素
売れる商品開発を支えるのは、二つの要素である。
適切な市場を選ぶこと、そして適切なプロセスを踏むこと。
この二つが揃えば、商品は高確率で売れる。逆にどちらかが欠けていれば、どれほど優れた技術や製品も売れない。市場が間違っていれば、どんな改善も顧客に届かない。プロセスが間違っていれば、市場が正しくても改善が間に合わない。
適切な市場とは何か
適切な市場は、二つの条件を同時に満たす市場である。
第一に、需要が立ち上がり始めている市場であること。需要がまだ顕在化していない領域に入るのは、教育コストが高すぎる。逆に、需要が成熟しきった市場は、競争が固定化しており新規参入の余地が少ない。立ち上がり始めの——需要が動き出した直後の——市場こそ、最も投資効率が高い。
第二に、自社の規模に合致している市場であること。市場が小さすぎれば商売にならないか、過当競争に巻き込まれる。市場が大きすぎれば、大手企業の物量に押し負ける。自社の事業規模・開発リソース・販売力に合致したサイズの市場でなければ、戦略は成立しない。
ここで重要なのは、必ずしも先行者である必要はないという点である。
むしろ2番手以降のほうが、市場の存在を先行者が証明してくれている分、開拓コストがかからない。先行者の試行錯誤を観察し、機能する要素は真似すればいい。先行者がつまずいたポイントを学習材料にすれば、自社は同じ轍を踏まずに進める。
適切なプロセスとは何か
適切なプロセスも、同様にシンプルである。
- 小さく始める
- 顧客の声を聞く
- 売れるようになるまで、素早く改善し続ける
- 売れるようになったら、投資して拡大する
これだけである。
リーンスタートアップやMVPといった用語を持ち出さずとも、本質はこの四つに集約される。最小単位で市場に投じ、顧客のフィードバックを得て、改善し、規模を見極めてから投資する。
このプロセス自体に違和感を持つ読者は少ないだろう。書いてあることに同意しない経営者もそういない。
しかし、それが組織の中で実践できているかと問われると、話は別である。
なぜ「発明」が勝つわけではないのか
ここで一歩踏み込んでおきたい論点がある。
新しい商品、新しいサービスは、それを思いついて発明した人が作って売れるわけではない。後追いで真似でもいいから、改善が早く、正確で、継続できた人が売れるのである。
これは技術経営において重要な認識である。技術系の組織はしばしば「最初に発明した者が勝つ」という前提で動く。特許出願、論文発表、社内ファースト原則。これらは確かに重要である。しかし市場で勝つかどうかは、発明の時点ではほとんど決まらない。
市場で勝つのは、改善のサイクルを早く・正確に・継続的に回せた者である。発明者が改善を回し続けられず、後追いに抜かれる事例は枚挙に暇がない。技術ロードマップの議論も、結局は「どこで・どの方向に・どの速度で改善し続けるか」を可視化する作業であり、発明そのものを管理する作業ではない。
イノベーションの源泉は発明ではなく、改善の継続力である。この認識のズレが、技術系企業の事業化判断を歪める根本原因の一つである。
競合動向は、弱いシグナルから読める
適切な市場を選ぶには、競合の動きを読む必要がある。ここで一つの実務的なシグナルを紹介したい。
ビザスクのようなスポットコンサル仲介プラットフォームで、自分の得意分野ドンピシャの案件が来たとする。それは、競合が業務コンサル会社に顧問契約を依頼したサインかもしれない。
業務コンサルが新規領域の調査を始めるとき、彼らは必ず外部の有識者にヒアリングを行う。スポットコンサル案件の母数の動きは、業務コンサルが動き出している領域を示すリーディングインジケーターになる。
そして業務コンサルがクライアント企業から依頼を受けて動き出している領域は、その企業——つまり自社の競合——が新規参入を真剣に検討している領域である。
このような弱いシグナルを早期に察知できれば、競合より先に市場の立ち上がりを認識し、適切なタイミングで動き出すことができる。市場を選ぶというのは、机上のマーケットリサーチだけで完結する作業ではない。日常の周辺情報の中に、市場の動きを示すサインは常に流れている。
シンプルだが、それが難しい
ここまで書いてきた内容は、シンプルにそれだけ、である。
しかし、それが難しい。よくわかる。
組織の中で「小さく始める」ことは、しばしば許されない。投資リターンの期待値が小さく見えるからである。
「顧客の声を聞く」ことは、しばしば形骸化する。顧客の声よりも社内の意思決定者の声が優先されるからである。
「素早く改善し続ける」ことは、しばしば続かない。一度立ち上げた製品の仕様変更や撤退判断には、ステージゲートのKill判断と同じ構造的な抵抗が働くからである。
「売れるようになったら投資して拡大する」という判断は、しばしば遅れる。逆に「まだ売れていないのに先行投資する」判断が走り、撤退できずに損失が膨らむ。
これらはすべて、評価設計とリソース配分と組織構造の問題である。プロセスがシンプルだからといって、組織がシンプルにそれを実行できるとは限らない。
原則として
売れる商品の開発は、難しくない。
難しいのは、シンプルなことを組織の中で継続することである。
そして、シンプルなことを継続できる組織を作ることこそが、技術経営の核心の一つである。
所属組織の見解ではなく、個人の意見・考察です。
